私見偏見独白

No.000-48 手段と目的

河野行革相が効率化のために判子を廃止しようと行動しています。
メールやオンラインでのビジネスを進めようとしたときに, 判子の存在が障害になっているということはだいぶ以前から指摘されてきたことですが, コロナ禍の在宅勤務で, あらためて判子の存在が注目をあびたようです。
この判子の廃止に, 新内閣の河野太郎行革相が大臣としての存在を示すためか, 精力的に取り組んでいます。

判子をコンピュータ処理に載せるためのものとして, 電子印鑑なるものが以前よりあります。
これは文字通り判子の印影を画像として電子化された書類の上に表示するもので, 紙に印刷すれば判子を押しているのと変わらない書類になります。
この電子印鑑という言葉を聞いたとき, 小生はPGPなどの暗号化技術を用いた電子署名と同じようなものだと思いました。
PGPのような公開鍵暗号化ソフトを使うと, メールや文書にたとえばこんな感じの電子署名を着けることができます。
-----BEGIN PGP SIGNATURE-----
iQFIBAEBCAAyFiEEEiyCqax0B99RTMbGDgdcNn3L6tIFAl7Mz7oUHG1peW8uNjgw
OUBnbWFpbC5jb20ACgkQDgdcNn3L6tLAHggAgRI9P5idMv3TVqpM7ztE4kByLUee
tL8wPt3VZlluMsOVIJP1iHDem6XXTNSVcJR40FszcGRhR2R0Pt9Amgafe1oBDMok
iv06QNFgyLaggQrPvMCRKsoM5Im0qn0g5X58D/Wf6Pj5INWIuAJVypYeZPNxcfX9
N+coGWJLy+NzFi92o0wnUFvf1MWCKvPUEY7TWId4DFUtKzQb0D55yQwhcrGnfQbW
QflRmsyn6vl5+LSTtKC5sKkD0Tm79nDDobpVqK+U0KLMdRD1iFDO0iOeuvYvSMir
eJ/uCGQ3i44RfLbObmAaEjw09IaEqqBMC0Hd8RhdMq1OkNo1iRanSGY+ww==
=rJMY
-----END PGP SIGNATURE-----
この署名で, 文書の作成者が本人であることと改竄されていないことを確認することができます。
たしか電子印鑑も認証サーバーに登録しておくことで同様なことができたとはずです。
それを暗号のような文字列ではなく印影のなかにステガノグラフィーで仕込んでおくのだと思っているのですが, どうなのでしょう。

いずれにせよ, 印鑑のもつ本人確認とセキュリティという機能面ではなく,
印影という見かけを電子化しようという発想がすでにダメだと思います。
そのダメさ加減をさらにパワーアップしたのかと思われる新機軸をシャチハタが発表しました。
同社の電子判子のサービスに「おじぎ印」の機能が実装されたのです。
この「おじぎ印」というのは, 決済印を書類に押すとき上司の印影にむかって判子を斜めに少し傾けて捺印するという機能です。
部下の押した印影が上司の印影にむかってお辞儀をしているかのようになっているので「おじぎ印」です。
はじめて聞いたときは冗談かと思いましたが, そのように捺印するのがビジネスマナーなんだとか。
いったいどこの阿呆が言い出したことなのでしょう。
講談ネタのフィクションですが, 木下藤吉郎, のちの豊臣秀吉の草履のエピソードを思い出しました。

木下藤吉郎が織田信長の草履持ちをしていた時の話です。
用を終えた信長が草履を履くと, 草履がほんのりと暖まっています。
木下藤吉郎にむかって草履を尻の下に敷いていたなと詰問すると, 藤吉郎は答えて曰く, 足が冷たくならないように草履を懐にいれて暖めておきましたと。
信長はその答えに感心したというエピソードです。
もちろん嘘であることは承知だったのだと思いますが, その機転に感心したといったところでしょうか。

ところで, まっすぐに捺印するつもりでも右利きの人は自然に左に傾いてしまうことがしばしばあります。
藤吉郎のエピソードを手本に想像をめぐらせば, こんな場面が思い浮かびます。
自分の判子を押して上司の決済印をもらいにいったという場面で,
上司から判子がちゃんとまっすぐに押されていなくて見苦しいと注意されたとき, とっさに, 上司に向かってお辞儀をするようにわざと左に傾けて押したのですなどと, マナーを装ってごまかしたのでしょう。
これが気の利いた話として拡大再生産されていったのが「おじぎ印」の起源じゃないかと思っていたりします。

コンピュータを使うと様々なことが簡単に実現できます。
そこで安易に従来の仕組みをなんでもかんでも再現させてしまうと, 電子化という手段が目的化してしまい, 本来の目的が忘れ去られてしまうという現象がしばしば起きます。
電子化をはかる際に最も重要なことは, 「おじぎ印」のような謎マナーはもちろんのこと, 何が本質なのか, そこを考えて電子化以前の仕組や慣習を断捨離することが肝要かと思います。



結果を目的にすればそれを目的にして結果をつくろうとする
(神山高校古典部 千反田エル)