私見偏見独白

No.000-31 人形つかい

アシモフ, クラークと並ぶSF界の巨匠ロバート・A・ハインラインの 「人形つかい」という作品があります。
宇宙からの寄生生物による侵略というテーマの古典的名作です。
シリアスなテーマなのですが, 滑稽とも思われる人間側の対処が描かれていて, なんとも奇妙な感じを受けます。

このところのコロナ禍で「新生活様式」が提唱されました。
最初に思ったのは, 戦前戦中の愛国標語でしたが, 感染者への批難や中傷が続く社会現象を見ていて, この作品を思い出しました。
(以下ネタバレ注意)
宇宙からナメクジのような生物が地球にやってきます。人間の背中に張り付いて, その精神を支配します。
支配と言っても精神が乗っ取られて寄生生物そのものになってしまったり, 強制力で支配される(操られる)というのではありません。
このへんが他の寄生侵略ものと違うところです。

寄生された人間は, 自我も記憶もすべてもとの人間のままです。 しかし, なぜか寄生生物の繁栄に利するような考えと行動を自発的にとるようになります。
作品は主人公の一人称で書かれ, 途中で主人公も一時寄生されてしまうのですが, そのまま一人称で書き続けられます。ハインラインの文章のうまさが発揮されています。
この寄生生物そのものの意識はないのです。知的生物ですらありません。 他の生物に寄生して繁殖するウィルスのようなものです。 いや, ウィルスよりも善良かもしれません。なにしろ寄生された人間は, 生存確率をたかめるために平和的協調的な思考を自発的にとるようになるのです。
共産主義思想の浸透を象徴しているという批評もあります。(作品の発表は1951年)

この寄生生物の存在があきらかになったとき, 人間側がとった行動は, ここが滑稽なところですが, 寄生されていないことを示すために, 上半身裸で過ごすという法律を定めるのです。
寄生生物も適応して下半身に寄生するようになると, 人々は自発的に下半身も脱いで全裸で生活を送るようになります。
(このところが映画化が難しいところですw)
衣服を着用していると, 寄生されていると見なされて他の人々から迫害を受けたり殺されてしまったりします。
(官民そろって狂気にかられた「赤狩り」を象徴しているのかも)

最終的には人類が打ち勝つのですが, ウィルス同様に完全に駆除することはできません。動物に寄生する例も発見されたからです。 ジャングルの奥深くで動物に寄生して生き残っているかもしれません。 そのため裸での生活という様式はもとにはもどりませんという結末です。

今人類が直面しているコロナウィルスも, 今後ワクチンや治療薬が完成したとしても, 完全には駆除できないでしょう。
マスクに象徴される新生活様式はコロナ禍が終わっても続くことになるのでしょうか・・・



(ロバート・A・ハインライン 「人形つかい」より)
われわれは、この恐怖と共存することを学ばなければならないだろう
かつてわれわれが原爆とともに生きるのを学んだように